【後編】
町の中心部、藤琴地区にある。周辺には居酒屋が数軒あり、夕食後に飲みに出かけて夜の藤里を楽しんでも。
藤里町の中心部、藤琴地区にある「土佐旅館」。昭和40年代から旅館業を始め、観光や仕事など様々な目的で藤里町を訪れる人たちを泊めてきました。
前編に続き、旅館を通じて生まれたお客様とのエピソードについて、土佐ナヱさん、かおるさんに伺いました。
土佐ナヱさん、かおるさん。長年にわたり土佐旅館を切り盛りしてきた。町の発展を担ってきた人たちを支え続けている。
電波が入りにくい場所もあり、帰りの遅いお客さんを心配することも。
かおるさん:旅館をやると、休みがない。私は昔勤め人だったからいまだに慣れないところがあります。忙しい時と暇な時があって、計画的に行動できないからね。宿泊当日、しかも夕方に突然訪ねてくるお客さんもいて、慌てて準備したり買い物に行ったり。今は事前に電話をもらうようにしていますが、昔は携帯電話もなかったからね。
仕事の都合で、日曜でも弁当を持って行く人もいますね。青森、秋田、仙台など近くの人は週末に帰るけれど、室蘭ナンバー(北海道)の人とか、遠くから来る人は帰れないでしょう。
仕事の人も観光客も朝は大体決まった時間に出て行き、仕事の人は帰りが遅くても心配しないけれど、登山客、釣りの人は帰ってこないと心配になりますね。暗くなってくると、どうしているんだろうって。あまりにも遅くて、もう少しで警察に電話するところだった、なんてこともありました。山だと電話も通じなくなるから余計に心配になりますね。
昔、なかなか帰ってこないご夫婦を心配していたら、日本海に沈む夕日の写真を撮りたくて遅くなった、ということでした。釣りの人で心配したこともありましたね。川に落ちるかもしれないし、後ろにクマがいる場合もあるでしょう。何人かで行っていればいいけれど、離れて釣っていたら分からない人もいるのかなと思ったり。
朝食や夕食が食べられる食堂は、広々としていて気持ちのよい空間。静かに食事の時間を過ごせる。
全国からここ藤里へ。自分の知らない土地の人と話せるのが、旅館業の魅力。
かおるさん:ここに宿泊するのは、観光のお客さんの他に、町出身者で役場の手続きに来たけれど、町に実家がもうなくなってしまったという人や、お葬式があって素泊まり希望の人とか。
あとは、能代市や秋田市から来て、ふじみやさん(近くの割烹)で飲んだ後に泊まる人もいますね。代行を使うよりもゆっくりできるからと。秋の駒踊り(毎年9月に行われる(浅間神社祭典・藤琴豊作踊り)の撮影をするのに宿泊希望の人もいましたね。
いろいろな人が来ますが、遠くから来る、自分の土地とは違うところで暮らす人と話をするのが面白いですね。ここ何年か6月の終わりから7月にかけて、兵庫から車で来るお客さんがいます。最初の年は、男鹿や八森に行ったり、白神山地に行ったり。私が「ここもいいよ」と教えると、翌年また来てくれます。ここに来るときにあちこち立ち寄りながら来るそうで、私にもいいところを教えてくれるんです。
昔登ったことがあった白神岳を紹介したこともありました。私は足が遅いから3時間半くらいかかるし、途中は林のなかでつまらなくて、尾根に出れば楽しいからと教えたの。帰ってきて話しを聞いたら、何も苦じゃなかった、と言うのね。木の植生を見るのが好きだからと。私は高山植物には興味があっても、木の種類までは分からないなあ(笑)。
一番気に入ったところを聞いたら、「仁鮒(にぶな)の杉」と返ってきて意外でした。私は一番いいとは思わなかったけれど(笑)。大きな天然杉が広範囲にあるところは珍しく、自分の暮らすところにはないので、来る度に足を運ぶそうです。神社にご神木はあっても、まとまった数の杉がそびえ立っていることがすごいと言っていました。ところ変われば見るものも感じ方も違うんだなと思いましたね。
その方は、植物だけではなくて、動物、鳥などの生態系も詳しいですね。あまりにも博識なので学者さんかなあと思っていたら、趣味なんだそう。私はそういう話が好きなので、話を聞いていると勉強になりますね。山にツバメオモトがあるよと教えればすぐに見に行き、しばらくぶりで見たと話していました。兵庫の方は盗掘されて見ることはないって。
夜に他のお客さんがいないと建物がシーンとして、鳥の声が聞こえるそうです。日本には何百種類もの鳥がいて、半数以上は聞き分けができると言っていました。朝にアカショウビン、あとは夜鷹の声も。確かに、二階の物干し台に上がれば、院内岱の方からアカショウビンの声が聞こえてくるんですよ。
主食がしっかりとれて、野菜も入ったバランスのよい朝食メニュー。朝からしっかり食べて出かければ、白神山地の登山もより楽しくなるはず。
長期滞在でもホッとできるような、家庭料理を供しています。
かおるさん:なかには仕事で2か月も泊まる人もいます。献立はスーパーに行って食材を見て考えますが、なるべく同じ献立は出さないようにしていますね。最近の長期滞在の人は、太良(鉱山があったところ)の奥の方で仕事をしていて、冬になってしまうと道路が閉鎖されてしまうので、それまでに休みなく働いていましたね。お店がまったくないので、もちろんお弁当を持って行きますよ。
仕事のお客さんが来ると、どこで仕事かを必ず聞き、素波里ダムと太良が現場なら、お弁当のことを確認しますね。お店のお弁当はご飯が小さかったりするけれど、うちには幸い米があるのでご飯はいっぱい詰めています。普段は使い捨てのケースだけれど、冬は働く人のことを考えるとランチジャー。ジャーにはみそ汁を入れています。1人分、2人分なら問題ないけれど、10人で10個ともなると洗うのが大変でね(笑)。お弁当は500円、普通のお弁当です。これまでに、お弁当箱を持ってくる人がいたり、ご飯の量が多いので半分にして欲しいと言う人も。
ナヱさん:今の人はご飯をあまり食べないね。昔の工事の人は今よりも1ケースご飯つけても、夜はお腹すいたと帰ってきていました。
かおるさん:スマホが普及してから、時代の変化を感じています。持ってきた雑誌、漫画を読み終えたら、廊下にあるカラーボックスに入れて帰る人が多かったのですが、数年前からか置いていく人が少なくなりましたね。昔は麻雀、将棋が娯楽で、用意してあった時代もあったようです。たばこ吸うお客さんの吸い殻の数も少なくなったし、晩ごはんの後にカラオケに行ったり飲みに行ったりする人も少なくなったように思います。
ナヱさん:子ども置いてきたからと言って外には遊びに行かず、1000円のお金も無駄にしない人もいますね。
ごはん、おかず、汁物があたたかいまま持ち運べる。コンビニも商店もない場所で働く人にとっては、あたたかい昼食が仕事の励みになる。
韓国からの団体さんが来て、思い出深い時間を過ごしました。
かおるさん:社会福祉協議会(社協)に毎年来ている学生団体がいて、冬に10人前後の学生が4、5泊していますね。数年前に、ダンス研修で来た韓国からの団体さんが8人ほど泊まったことがありました。藤里在住で韓国出身の佐々木幸子さんが、私うれしいと何度も来て差し入れてくれたり、キムチをお願いしたらすごい量を持ってきてくれたり。
ダンスの先生たちが幸子さんの家や畑に行きたいと言うので、一緒に連れて行ってもらいました。広大な畑を一人で世話していてびっくりしたし、結婚式の写真を見せてもらいながら話がはずんでね。あと幸子さんが素波里ダムを見せたいというのでみんなで行って、写真を撮ったりもしましたね。最後、体育館に踊りを見に行ったのですが、さすがプロで、とても素晴らしかったです。
その団体さんが7月に来た後、ダンサーの一人が結婚して、11月下旬に新婚旅行で3日ぐらいうちに泊まったの。時期的に見るところはないって言われたけれど、藤里の印象がとても良かったみたいで。交響楽団のフルート奏者の美人の奥さんを連れてね。団体で来た時は通訳の人が一緒だったけれど、新婚旅行で来た時は通訳はいなくて。日本に何度か来たことがあって日本語が少しは分かるし、奥さんも公演で日本に4回くらい来たことがあるそうで。なんとかなりますね。お互い単語しか分からないレベルでも、ジェスチャーを交えて案外通じるものですね。
長年、土佐旅館で漬けているという梅漬け。甘みがあり、ご飯のよいお供になる。
*旅する藤里 まとめページへ
https://www.town.fujisato.akita.jp/kanko/notices/2496
ライター : 久保田真理(くぼた・まり)
ライフスタイル誌の編集者、オーストラリアでの写真留学を経て、フリーランスとして独立。国内外の取材を通じて、多様な生活や文化の魅力を発信する。秋田市生まれ、茨城・千葉育ち。趣味は、日本酒、トレイルランニング、ソウルミュージックの世界に浸ること。
知られざる藤里の旅は、“大切なものは何か”気付かせてくれるはずです。
このコラムは聞き書きの手法で藤里町ツーリズム協議会が制作しお届けしています。
藤里町ツーリズム協議会 電話0185-79-2115
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