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【特集】旅する藤里 「工房&農家民宿 ブナの森」前編

【前編】




 粕毛地区では約3年前より農家民宿(民泊)に取り組み始め、現在6軒が行っています。そのうちの1つ「農家民宿ブナの森」を営む竹中正さんは、実は茨城県出身で自宅が千葉県にありますが、数年前よりこの粕毛地区にある奥さんの実家で趣味の木工を楽しみながら暮らし、農家民宿も行なっています。

 正さんに藤里での暮らしや思い出について伺いました。






民宿に隣接する工房で語る竹中さん





友人と車で藤里に遊びに来たのがきっかけで


 生まれは茨城・江戸崎で、土浦出身です。下宿した経験もありましたけれど、基本的には大学を出るまでは土浦市にいて、都内にある会社に就職しました。妻は2つ下で、27歳の時に結婚。私の高校時代の友人と妻の父が従兄弟同士の関係だったかなあ、こちらの父は7、8人兄弟の一番上で、私の友人は同じく7、8人兄弟の一番下といった感じで。18歳か19歳の時に友人が免許を取ったから遊びに行こうとなって、藤里町に来たのが妻と出会ったきっかけです。

 その時の藤里の記憶と言えば、まだ県道が舗装されていなくて工事中だったか、対向車が来て川に落ちないかなあという場面もあって。道を聞きながら運転してきて、あそこの先を曲がってくらいまでは聞き取れたけれど、その先はよく聞き取れなくて(笑)。当時の家は今の場所でなく、道路の反対側にあって、道路を拡張するという理由でその後に今の場所に移りました。

 あと鮮烈に覚えているのはこちらの郷土料理で、きりたんぽ、カスベ、ハタハタの味噌漬けを山のように焼いて出してくれたりとか。ハタハタは関東ではあまり食べないから珍しくて、そのぶりっ子(ハタハタの卵)が固くてね(笑)。ここの父が一人暮らしだったから、山菜とかを食べた記憶はあまりないけれど、父からうるかをもらったことがありましたね。父親は料理人になろうと思ったほど料理を作るのが好きだった人で。基本的には自分で全部作っていましたが、近所の方が手伝いにも来ていました。










「ブナの森」は藤里駒ケ岳が良く見える場所にある





藤里町への帰省が我が家の家族旅行


 結婚してからは、毎年春、夏、秋と正月にも藤里に車で来ていました。我が家の家族旅行は、ほとんど全部秋田でした(笑)。10時間から12時間くらいかかりましたが、仙台から先に東北道が徐々に延びていき、今年はここまで高速で行けたという感じで。旅することは好きなので、途中で観光スポットに立ち寄って、旅をしながら帰省していました。

 田沢湖、十二湖の他には、子供が小さい時には深浦のサンタランド白神にも、素波里の遊園地にも行きましたね。子供は、女の子1人、男の子2人。子供が小さい頃、こちらの父が体調を崩して看病のために私を除く家族が半年だけ藤里に移り住み、上の子二人は小学校に一番下の子は幼稚園に通ったこともありました。

 上の男の子は藤里に居たおかげで、スキーが上手になりました。森吉山のスキー場にもここから1時間ほどで手軽だから、冬は何度か行きましたね。新幹線の回数券を買って、当時は私も月1度くらいは藤里に来ていました。






自作の木工道具が並ぶ工房 機能的なテーブルも自分で作りあげた





木を植えたのをきっかけに藤里で暮らすように


 私は、2014年から藤里に来ています。今年の5月に私の母が亡くなったのですが、それまでのここ2、3年は藤里で過ごし、2か月に1度のペースで住まいのある千葉に帰って10日ほど居て、また藤里に戻ってくる生活でした。

 私は現在67歳。退職間際の2、3年、病気で入退院を繰り返していたことがきっかけで定年になったら仕事はしないと決めて、2012年60歳の時に仕事を辞めました。2年ほど東京都内の木工教室に通いました。

 最初は住み続けるつもりはなかったけれど、この家の先に父が持っていた林があって、千葉で家を建てるためにスギを切って、そのままになっていたところが気になっていました。そこを整備して木を植えようと思い、2014年秋にブナ、ナラなどの木を270本植えました。毎年3回は草刈りしないといけないと言われて、それで翌年から来るようになりましたね。

 2008年に家を建てたのですが、ベランダに置こうと、DIYの雑誌などを見ながら2×4(ツーバイフォー、木造の建築工法)のイスを作ったりしていました。その頃に作ったのと同じようなイスとテーブルが、粕毛のお試し移住体験住宅の軒先に置いてあります。

 元々の仕事はIT関係でソフトウェアの開発をしていて、ものづくりの面白さと大変さは木工に通ずるものがあると感じています。退職後通ったのは江戸指物の技術を教えてくれるところで、カンナの研ぎ方から学びました。

 ちょっとした箱物、棚、テーブルなどの注文を受けて、先生の指導の下みんなで作り上げていくなかで技を磨きました。あとは、友人から頼まれて作ったり、家族のために作ってあげたりしてきましたね。







釘を使わずに作る江戸指物の師匠の元で学んだ




定年後、都内の木工教室に通って技術を磨く


 これまでに、リモコン置きやペンケースなどを作りました。指物なので釘は使わずにホゾなど組んでつなぎ合わせる製法です。これは家の崖に生えていたクルミの木を使って作り、あとはブナやキリでも作ってみました。粕毛の方から昔の天然杉を引き取ったお礼にそれでペンケースを作って差し上げたこともありますね。

 木工をやっていると、構想・設計段階が楽しいですね。どういう木で、どういう技術を使って作るかを考えるのが。1個ずつ部材を作るのに時間がかかり、最後に組み上げるのなんて一瞬で終わってしまいます。初めて作ると時間がかかってしまいますが、2回目に作ると慣れてきてスムーズにことが運びますね。

 本当はイスが作りたい。美味しいお酒を飲みながらゆっくり座れるイスをね。1年に1脚のペースで作れるか作れないか程度ですけれど、孫用のイスや自宅用に作ったイスがありますね。孫用のイスの試作品が玄関に置いてありますよ。







孫のために作ったプロ顔負けのイス





こだわりを追求する木工の世界


 ペンケースは4、5個を作るのに1か月くらいかかります。製材は、カフェ岳のある丸上木材とお付き合いがあってお願いしていたのですが、昨年の暮れに製材を辞めてしまって今は困っているところです。だから、最初に木を切り刻んだり、カンナで板状にしたりする木づくりに時間がかかります。使用したヨーロッパブナはしっかり乾燥されて硬いので、刃を研ぐにも大変でした。

 丸太をひいて板にする機械が欲しいのですが、機械を入れるスペースがここにはなくてね。そこに丸太が2本あるんですが、ようやく昨日、1本を角材に切り出したところです。今は近くの家で丸太をマキにする前に欲しい木ないかなと思って見せてもらいに行くのですが、丸太から切り出すのが大変だからなあと思って(笑)。

 他にも作りたいものはありますが、このペンケースのフタがもう少しうまく閉まるようにしたいと思いますね。温度、湿度で木の状態が変わるんです。木工品のなかにはマグネットを付けてカッチと閉まるようにするものもあるけれど、そっちに行くかどうか……。ここを0.5mmだけ削って調整してピタッと閉まるようになる、そんな世界です。

 ある意味完成がない世界で、この木工品の裏を見ると木を削り過ぎてしまったことが原因で少しだけ木の隙間が1ミリもないけれどできてしまって、本当は底面の木の高さをぴったり合わせられたら良かったんですが。こだわるところはたくさんあるんですよ。











(後編へ続く)

*旅する藤里「工房&農家民宿 ブナの森」後編

https://www.town.fujisato.akita.jp/kanko/notices/2062


*旅する藤里 まとめページへ
https://www.town.fujisato.akita.jp/kanko/notices/2496















     ライター : 久保田真理(くぼた・まり)
  
   ライフスタイル誌の編集者、オーストラリアでの写真留学を経て、フリーランスとして独立。国内外の取材を通じて、多様な生活や文化の魅力を発信する。秋田市生まれ、茨城・千葉育ち。趣味は、日本酒、トレイルランニング、ソウルミュージックの世界に浸ること。

 


知られざる藤里の旅は、“大切なものは何か”気付かせてくれるはずです。

このコラムは聞き書きの手法で藤里町ツーリズム協議会が制作しお届けしています。

藤里町ツーリズム協議会 電話0185-79-2115


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  • 登山にスキー、白神山地の散策など
    ほかでは味わえない大自然の遊びがいっぱい!

  • 藤里の澄んだ空と水は感動の美しさ。
    露天風呂や地元の料理を楽しめます。

  • 大量にはない、手ざわり感ある品々。
    豊かな水が生み出す自然の美味しさです。