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【特集】旅する藤里 「ごん太」後編

【後編】









店を開いて昨年で25年が経った。





 藤里町の中心部、藤琴地区にあるパーティー居酒屋『ごん太』。隣にカラオケの『GⅡ』もあることから、居酒屋で食事もお酒も楽しんでから、自慢の歌声を披露し、また居酒屋に戻って〆のラーメンを食べるのが藤里町民の定番コースになっています。

 オーナーの新岡雅弘さんに、東京の飲食店で働いていた時のこと(前編)に続き、『ごん太』を始めた時のこと、お店のこだわりなどについて伺いました。







お酒を呑まず食事だけのお客さんも意外にいるそう。






60万円の貯金で勝負


 藤里に帰ってきてから、二ツ井の『くつろぎ』で3か月働いたよ。自分の店がやりたくて、親父にお金の工面をお願いしたけれど、お前にはまだ早いから、『くつろぎ』で募集しているからまず仕事をすればと言われた。そこで、働いてみたら居酒屋が面白いと思った。最初はトンカツ屋を考えていたけれど、揚げ物メインの居酒屋をやりたいと考えが変わった。

 それから、飲食から離れて、粕毛の実家の縫製会社を1年間手伝ったけれど、 縫製会社はやっぱり向いてないと思って。そこで、自分の貯めていた資金60万円でチャーシューを売ろうと。今ごん太にあるチャーシューは、東京の店の弁当に入っていたチャーシューがベースになっているの。

 家でも作ってみてできるなと思ったから、『いとく』(藤里町内にあるスーパー)に置いてもらえるよう話を進めていたんだけれど、そこまでやる気があるのなら、と父親が保証人になってくれて、借り入れができたんだよ。

 『ごん太』をやるようになったきっかけは、兄がよく来ていたスナックが隣にあって、付き合いで行ってたから。そこのマスターが気に入ってくれて、いつも暇だからさくらをやってくれってね(笑)

 それで、カウンターに座って手伝うようになった。今『ごん太』がある場所は作業場だった。ここを遊ばせておくのはもったいないから、料理やっているなら居酒屋やらないかってマスターから言われて。

 もっと町の中心の方に行きたかったけれど、手始めにやってみようという気持ちで。元々ここは囲炉裏がある『蛍』という店だった。手を入れて、囲炉裏に板を張って座敷にしたんだよ。ほかにガス台とか設備で結構お金掛かったんだよね。

 『ごん太』は、秋田弁で飲兵衛のこと。そのくらい飲んでいってくださいという気持ちでつけたよ。飲んでごん太になる、ってここでは使うかな。「パーティー居酒屋」にしているのは、みんなが騒げる居酒屋にしたいという気持ちから。







マスターとの会話もはずむカウンター席。白板に今日のおすすめが並ぶ。








居酒屋が珍しかった25年前


 その時は、居酒屋は他になくて、ここが初めて。あったのは、寿司屋の『おばこ』、『ふる里』の前の『伝六』、『トレビアン食堂』、『田代食堂』、『かもや食堂』、『ふじみや』、『希林』。『憩』も『花道』もまだなかったよ。あとはスナックの『ラッキー』、『きらら』、『ひまわり』。

 25歳で始めたから、すぐ潰れると思われたんじゃないかな。でも、開店してからは順調で、毎日満席だったよ。当時はいろんな年代の人が来てくれたけれど、メインは若い人。

 最初のメニューは10品だったかなあ。メインは、ハンバーグ、唐揚げとか。あまり考えないで始めて、やっていくうちに、メニューが増えていって。あと、しょう油飯、サラダ、焼きそば、カツ、カツとじはあったけれど、ラーメンはなかった。しょう油飯はたまたま作って、いいなあと思って。

 藤里では居酒屋が珍しかったし、カクテルでシェーカー振っているなんて珍しかったよなあ。途中からだけど、ビールの銘柄も揃えて、アサヒ、キリン、サッポロと。開店1か月で、これはいけるなあと思った。25年前は今より町の人口も多かったし。常連のお客さんは同じものでは飽きてくるから、今日はこういうのをしてみようという感じで増えていって。

 いつもメニューを減らそうと思うけれど、やっぱり増える(笑)。あれも作りたい、これを食べさせたいという気持ちで。亜由美(藤里出身のスタッフ)が辞めてから、手間がかかるものはやめようかなと思うけれど、買い物していたり、ネット・動画を見たり、お客さんからのリクエストがあるとね。最近は、肉鍋のリクエストがあって作ったりしたよ。週3で来る人もいるから。









オープン当時の若きマスター。







本格的なラーメンが出る居酒屋



 昔からラーメンが好きで、東京にいる時は「ポークキッチンQ」のマスターと一緒に食べ歩いていたね。マスターは冗談で帰って藤里でやったら絶対当たると言われたよ。店にはナイショで隣の隣にあった『登龍』って言う中華の名店で仕込みのバイトを頼まれて、ラーメンの作り方や寸胴スープの作り方を見ていたんだ。ごん太のラーメンはそれとは変えたけどね。

 最近またちょこっとハマってきてね。いろんな店を食べ歩いて美味しいと、モチベーション上がって、自分が美味しいラーメンを作りたいという気持ちになってきた。あんまり変わってしまうとだめなので、少しずつ変えているんだよ。

 ベースは鶏ガラで、最近は分からない程度ににぼしと豚を入れている。あとは野菜。入れたところで、変わってくるのは多少だけれど、それが面白い。4時間かけて作るよ。うちは、鶏ガラが砕けるくらいガッツリ煮ている。濃いのが苦手な人のために和風だしのWスープも最近人気かな。ラーメンはおもしろい。

 今日のチャーシューは美味しいと思うよ。作ったその日は、柔らかくて美味しいの。商売が大人数相手ではないから、どうしても冷凍して小分けで出すこともある。今日美味しいから食ってけれと思うんだけどね。そんな時は、お客さんにもすすめたりするんだ。

 日本酒も最近は取り揃えている。新潟の酒とか、県外の酒ではなくて、最近のお客さんは秋田の酒を飲みたがる。みんなが美味しいというのを買ってきているよ。

 常連さんからの勧めで入れた雪の茅舎は、ぬる燗がいいよね。お客さんからのリクエストで入れてみて、反応を見て、その後置くかどうか決めている。お酒好きな人は、まず店の冷蔵庫を見て、何飲むか決めてけれ。辛口、甘口とか好みはわかれるけど、俺はあんまりよくわからず。その時のお客さんたちの口に合うものを置いてるんだ。
 







東北の名酒がそろっている。何があるかは行ってからのお楽しみ。









居酒屋に続いてカラオケ店も始めることに


 隣の『GⅡ』は、2001年から始めたの。スナックのマスターが店をやめて、『キンキラキン』ができたけれどやっぱりやめて、隣の店を借りてくれる人を募集してたの。当時の大家さんから、みんな支払い悪いからお前やってくれないかと言われて。

 スナックをやるには、従業員を集めるのが大変だから、借りたけれど1年くらい放置してたな。とりあえず、カラオケがあるから騒いでという使い方をしていたの。

 2002年だったかな。能代のイオンのピーコックと言うお好み屋でFC社長からお好み焼きをやらないかと誘われて、まずやってみたの、店長みたいに。売り上げは悪くなかったけれどその社長から返してほしいと言われて返したけど、結局店は閉めてしまった。

 それで、従業員の子に声をかけて、隣で『優瞳(ゆめ)』というスナックを始めたの。2008年頃、ごん太の頭文字を取って、お客さんは電話で「今、『G』にいるよー」なんて言ってたから、スタッフが変わるタイミングで優瞳はやめて『GⅡ』になったんだ。









隣にあるカラオケバー GⅡ






頑張ってみようって勇気をもらってここまで来た


 出した皿がきれいになっているとうれしいね。何度かやめようと思ったこともあるよ。赤字はないけれど、売り上げが下がったりすると、やっぱりね。他にやれないから、続いてきた。気持ちが上がってくると、あれもこれも作りたいなあと思うしね。
 
 スタッフがやめたらポッとまた誰かが入ってくれたり、不思議だなあと思う。去年までいてくれた亜由美は、自分からやってみたいとここに来てくれて、やらせてみたらプロの接客。結局8年も働いてくれて料理も手伝ってくれたしね。二人で2つの店をやるのは大変だったけれど、よく頑張ってくれたと思う。今は優しい旦那さんと子供と幸せになってほしいよ。

 暇なときもあって、やめようかなと思った時に知り合いに教えられて、神棚を置いたら忙しくなった。何を工夫したわけではないけれど、ピンチの時に何かが救ってくれるという感じ。

 忘れられないのは、30歳くらいの時、入院したことがあるの。入院してお金もかかるなあと思いながら、ベッドで店の帳面をつけたりしていた。ちょうど同じ部屋の高橋というおじいさんが、そんなに大変ならお金やるよと言ってきた。借金もないし、宝くじ当たったからって。

 俺が退院して半年後位に、北羽新報で亡くなったのを知ったんだけど、高橋さんが何で俺に言ってくれたかわからない。いいよ、いいよって断ったけど。助けてくれる人がいるんだなあって。その時、ここで甘えてしまったらだめだ、頑張ろうって勇気をもらったんだよね。水をあげたいと家を探したんだけど見つけられなかったよ。







やっぱり〆はこだわって、改良し続けているラーメン。種類もいろいろある。







これからのこと


 小学4年生、10歳の娘が好きな料理は、唐揚げ、オムライス、焼きそば。家ではほとんど料理をしないけれど、娘のリクエストがあれば作るね。チャーハン食べたいと言われれば作ってあげたくなる。美味しいといってくれるよ。最近俺が寝てる所を盗撮してからかってくるんだよ。困ったもんだよ(笑)。

 気持ちとしては年配の人にも、店にもっと来て欲しい。自分も歳がいってきて、落ち着いた場所であってもいいなと思う。自分も50歳になったからか、健康でありたいなあ。体調を崩すこともあるしね。若い人の稼ぎも分かるから、値上げはできないなあという気持ちもあるんだ。今まで携わってきた人たちに本当に感謝してる。今はバイトは入れてなくてカミさんと仲よくお店に立っていますよ。慣れていないのに頑張ってるのを見ると、申し訳ない気持ちがあるけどね。

















     ライター : 久保田真理(くぼた・まり)
  
   ライフスタイル誌の編集者、オーストラリアでの写真留学を経て、フリーランスとして独立。国内外の取材を通じて、多様な生活や文化の魅力を発信する。秋田市生まれ、茨城・千葉育ち。趣味は、日本酒、トレイルランニング、ソウルミュージックの世界に浸ること。



知られざる藤里の旅は、“大切なものは何か”気付かせてくれるはずです。

このコラムは聞き書きの手法で藤里町ツーリズム協議会が制作しお届けしています。

藤里町ツーリズム協議会 電話0185-79-2115



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