【前編】

藤里町役場近くにある石川餅店は、長年、地元の人たちに愛されてきたお餅屋さんです。主力商品は、「あんびん(大福)」と「焼き餅」、「きりたんぽ」。創業した母・石川キクノさんの引退宣言を聞き、「この味を残したい」と店を継いだ石川育子(いしかわ・いくこ)さんに、あんびんや焼き餅の開発秘話、餅づくりにかける想いを伺いました。

石川餅店の2代目・石川育子さん
「なくなるのはもったいないから、私が継ぐ」
石川餅店は母石川キクノが始めました。創業65年くらいになります。
母が65歳くらいの時、「体がきつくて大変だから、この仕事辞める。」って言ったのね。その前から「この仕事はよいでないから、跡をつがなくてもいいよ。」って言われてて。で店を継ごうとは全然思ってなかったんだけど、引退宣言の話が出てきたから「うーん、ちょっともったいないな」と思って。それで、「じゃあ私がやってみようかな」と思って。
私は商売が好きなんでしょうね。店を継ぐ前は「いとく」さんに勤めてて、そこで商売の面白さっていうのを勉強させてもらって。それで、やってみようかなぁと思ったの。
いとくさんをやめて店を継いだのが、31歳の時かな。下の子どもが3歳ぐらい。上の子は5歳くらいで、小さい子どもが2人いて子育ても大変で、そういうのもあったかな。日曜の休みもとれなくて、自分ちの仕事であれば、まず、自由が利くし、そういう感じもあったのかな。
なんせ、この餅屋さん、もったいないな、残したいなと思って。

県産の材料を使用し、保存料を使わないことが創業時からの変わらぬモットー
「あんびん」と「焼き餅」を開発
母が始めた時から、県産の材料で、保存料を使わずにやっています。母の時は、お客さんがお米を持ってきて、それを「しんこもち」や「きりたんぽ」に加工する商売をしてたの。だから材料の仕入れとかは、なかったの。ここを受け継いだときに、加工だけじゃなくて、自分でも材料を仕入れて、作って販売もしたくて、あんびんと焼き餅を開発したの。母と2人で「ああでもない」「こうでもない」ってやったわけ。
私がいとくさんに勤めてあった時、手作りの大福がお店に出始めの頃で、よく売れたんだものね。「私も、これ(あんびん=大福)作ってみたいな」とずうっと思ってました。
どうしたら、次の日も硬くならないで柔らかく、もう少しふわっと美味しくできないもんだろうかっていうことで。いろいろあれこれ試してみて。せば今度、近所にいる本家の母さんとか娘さんに試食してもらって、「今日のこれはいい」とか「これはちょっと」とかって、隣近所の人にも何回も試食してもらって、そしてようやく餅屋のあんびんが生まれたの。

現在の主力商品、「焼き餅」(左)と「あんびん」(右)
しばらくかかったよね。試食して、「これいいな」と思っても「もうちょっとな、どうにかしたいな」とかってなれば、また改善してまた試食してもらって。そういう感じで、この形になるまでかなり、1年かかったかもしれない。
確か、あんびんが先にできたと思う。自転車で5個入りのあんびんのパック10個ぐらいを持って、何日か売りに歩いた記憶あるもの。(笑)
焼き餅って、昔からおばあちゃんがたよく作ってあったの。焼けば、シワになったりするんだもんね。仕上がりが美味しく、見えるようにするにはどうしたらいいのかって、そういうのを考えたよね。
お客さんに出した時、「もうちょっと焼き色つけてください」って言われたこともあって。色を濃く、だけど、ちょっと焼き過ぎれば真っ黒くなって、そこ難しかった。ちょっと薄くなれば「もうちょっと色をつけてください」とかって、今思うと(完成までは)いろいろやっぱしあったよね。

あんびんはふわふわ柔らかく、焼き餅はしっかりした食感
あんびんと焼き餅では食感が違う。あんびんは、もち米だけのもち粉で作る。もち粉を作るのも、粉を毎回、地元産のお米を粉にするの。洗って乾かして、粉を挽いて保存しておく。
焼き餅は、もち米とうる米(こめ)(※うるち米のこと)混ぜてるんです。割合は企業秘密かな。笑
で、あんこはね、焼き餅は粒あん。あんびん餅は、こしあん。

地元の人は、「あんびん派」と「焼き餅派」に分かれるのだそう
なんで、あんびんに粉いっぱいついてるかって言えば、添加物入ってないから、この粉つけねば硬くなっていく。片栗粉で、乾いたり硬くなるのを防いでるんだ。
みんな、この粉ほろって食べるから、「邪魔だから、こんたにつけるな」って言うんだばって。いっぱいつけねば硬くなるんだって。
去年あたりちょっと遊んで、あんびんの中にいちごの大きいの入れたら、みんな喜んでくれて、それもまたいいのよ。でも、いちご大福は特注だけかな、いちごは時期のもんだからね。
設備を新しくして、妹と2人で運営
私には妹がいるんですけど、妹も私も小さい時からいつも仕事を手伝わされていたの。今はその妹と2人でやってます。
例えば、きりたんぽを母が串につけてくれると、私たちがなでる(形を整える)。子どもの頃は、そういう感じでお手伝いしてました。
妹は大人になってからも、忙しい時によく来て母を手伝ってました。私より、よく手伝ってましたね。農家に嫁いだんだけど、勤めてはいなかったのもあったし、嫁ぎ先の理解もあって、忙しいときは、本当によくうちに来て手伝ってくれてました。
31歳で餅屋を継いでから、しばらくは私と母とでやってました。
そのあと、平成14(2002)年に作業場を建て直して新しくしたの。長年母が使ってた石臼にヒビ入ってきたのもあって、新しい機械に変えようっていうことで。そうすれば今度、古い仕事場ではちょっと無理で、それで建て替えることにしたの。
うちの父が大工で、昔の家を建てたんですけど、母が餅屋をやるときに座敷を工場に改築したんです。いろいろ古くなって全部ほごさなきゃいけなかったのね。それで新しく工場を建てましょうということで、頑張りました。
そこから妹と2人でやろうということになりました。その時、母のキクノは80歳。辞めるっていってから15年。まだまだ現役バリバリだったなあ。私のアドバイザー兼アシスタントだったんだけど、少しうるさいくらいだったなあ。本当に仕事が好きな人でした。

店舗の改築と同時に導入した、新しい餅つき機
母が使っていたのは、石臼に木の杵が落ちてくるという元祖の機械で、モーターで回ってベルトでガッタンガッタンと落ちてくるのね。
その音で私たち育ったもんだから。ガッタンコ、ガッタンコ、ってね。小さいときから。他の人は「枕元でその音聞けば、うるさくねえか?」って言うけど、なんもそういうの感じなかった。
今の機械は、昔と違って全然楽ですね。落下型だから、やっぱり大きい音はする。ドン!ドン!って速い。
機械を新しくしたことで大きく変わったのは、自動だから体に負担がかからなくなって、量を多くできるようになったことかな。
前の機械は、お餅をつく場所が下の方にあったから、しゃがんで作業しなきゃいけなかった。下の方にしゃがんで「あいどり」しなきゃいけなかったんだけど。私それ、とってもできなかったのね。背中も痛いし。「ちょっとこれ私は無理だな」と思ってあったね。「あいどり」はね、臼でつく人の横で、臼の中の餅を返したり、水を足したりして、餅のつきあがりを整えることなの。今の機械は立って作業できるから、たいした楽です。あいどりも、たまに見ればいいし、たいした楽ですよ、うん。機械動けば誰でもできるからね。
昔は全部、自分であいどりもしなきゃいけなかったから。加減は全部勘だったよね。
今も、加減は手で触って見て、ちょうどいい時に(機械が)止まる時もあるし、先に止める時もあるし。そういう感じでやってます。
早起きは苦にならない

作業場では、長年のチームワークで手際よくお餅が作られていく。
作る量はその日によります。行事が入ると朝の3時から皆で頑張らなきゃいけなくなるけど、普段はそんなでもない。
普段はまず、4時か5時頃から8時ごろまで餅を作って、商品をパッケージして、それからうちの父さん(夫)が配達しに行くわけです。その後休憩して後始末して終わるっていう感じです。
朝が早いんですよ。でも、朝はなんも苦でないの、早起きは。そういう感じで育ってきたからね。
きりたんぽを作ってからお餅を作るっていう順番でやっています。
まず、夜、ご飯を炊くために2時から3時ごろ、1回起きてきて、釜に火入れて一旦寝るの。そして、また朝起きるの。
ご飯炊けているから、まずきりたんぽを作って仕上げてから、今度お餅の方に切り替えて、お餅作りに入ります。きりたんぽは、熱いからちょっと冷まさないと納品できないのね。
朝のうちに全部終わらせる、段取り良くね。
夜中に釜の火を入れに起きるのは、毎日ですが。週一回火曜日が定休日で、火曜日だけはゆっくり寝てられるの。
9月新米の時期になると、さかり忙しくなって大変。みんなが作業しに来る前に2回炊いておかなきゃいけないので、1回起きてご飯を入れ替えてまたセット。次もう一回起きなきゃいけないから、そうなれば今度キツくなってくるんだよなあ。
釜が全部フル稼働するのは、新米の時期、9月から1月中頃かな。フル稼働して、何回も入れ替えでやるったばって、そうなればかなりよいでねな。慣れてるけど、新米の時期はちょっと大変。
機械の調整は父さん(夫)がしてくれてます。父さん(夫)は整備の仕事してたの。だから機械のメンテナンスも引き受けてくれてて。退職もしたし、本当は朝はゆっくり寝ていたいみたいだけど。忙しいときも、そうでないときも、協力してもらってて、感謝しています。
(後編へ続く)
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聞き手&書き手:島田 真紀子(しまだ・まきこ)
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有限会社無明舎出版 勤務を経て、2012年からフリーライターとして雑誌・WEBなどの記事を執筆。
秋田県を中心に、観光・食・子育て・スポーツ・医療などについて発信しています。大館市在住。
知られざる藤里の旅は、“大切なものは何か”気付かせてくれるはずです。
このコラムは聞き書きの手法で藤里町ツーリズム協議会が制作しお届けしています。
藤里町ツーリズム協議会 電話0185-79-2115
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