【後編】
建設会社を退職して、2025年6月に「キッチン岳(だけ)」をオープンした桂田俊彦(かつらだ・としひこ)さんは、藤里町長瀞(ながとろ)出身。店名の「岳」は、地元の人たちが藤里駒ヶ岳を呼ぶ時の愛称で、以前の「カフェ岳」の名前を受け継いだものです。藤里町で生まれ育った桂田さんに、子どもの頃の思い出や藤里の魅力について話を伺いました。

キッチン岳の店主・桂田俊彦さん
小学生の頃
素波里ダムの思い出
通っていた小学校は米田小学校で、1クラス11人だった。その頃は小学校があちこちにあって、うちは(児童数が)少ない方だった。今30歳のうちの息子が、(米田小学校が閉校する前の)最後の卒業生だったな。今は跡形もなくなって、相撲部屋ができた。
当時は、学校いっぱいあるっていうんで、夏に他の小学校の体育館で一泊して交流の場を作る、そういう行事があった。
小3か小4の頃に素波里ダムができたんですけど、神社の近くに宿舎みたいな大きい建物があったんですよ。5年生か6年生の時は、そこにみんなで泊まって、ダムの中さ入って行ったこともあった。
ダムの中って、ものすごい急なんですよ。Vの字に下がって行って、その中間に水門、水あげるところがあって、そこから反対に上がっていく。(天井に)裸電球がずっとつながっていて。降りていく途中で手がねっぱるなって思ったら、手すりが凍ってた。
あんな急なところ、小学生さ歩かせてた。今であれば、絶対行かせねぇな(笑)。裸電球の下、滑れば転んでいきそうなところを手すりにつかまりながら。で、つかめば凍って手がねっぱって。鮮明に記憶ある。まあ、面白かったです。
昔って、ダムをつくる時、そのまんま村を埋めていたんです。大開(おおびらき)っていう集落だったんだすばって。
素波里ダムはしょっちゅう干上がるから、水引ければ(元の集落にあった)吊り橋が出てくる。橋桁はなくて、橋脚しか残ってねえ。それが、ちょうど猿ヶ瀬園地のキャンプやる野原の端っこから見えて、「あ、いたいた、吊り橋ある」って写真撮って、で、満足して帰るっていう。
昔、猿ヶ瀬はしょっちゅう遊びに行ってた。中学校の時はキャンプもやったしな。ボートさ乗って、下まで降りて行ったりして。

「中学生の時は一学年100人だった。4つ上の兄の学年は160人もいたな」と話す
“おふくろの味”っていうのは、あんまり記憶にねぇなぁ。(母は)あんまり料理好きではなかったと思う。なんたって農家であったから、日中田んぼさ手伝って、帰ってきてご飯作らねばならないっていうのは、過酷だったと思うんですよ。一回だけだったけど、みんなで餃子を作ったのは印象深かったな。
奥さんは“餅名人”
母さん(妻)が餅名人って言われてて、直売所さお餅出してます。大福と焼き餅と。これから干し餅も仕上がってくる。常連さんの注文から先にこなしていって、余裕があれば直売所さも出す。俺も注文を頼まれたりしますね。
あんこも自家製です。(鍋を長い時間かき混ぜるので)腱鞘炎になるって言ってて、大変なようです。
お彼岸になれば団子のシーズンで、彼岸の3日間は母さんはここを休んで、朝の2時から作ってる。
田んぼでもち米も作ってるんで、それも使ってます。
6月になると、笹餅の笹を取りに行くんです。笹餅1個に3枚か4枚使うんで。3枚とかでくるんで、両側をイグサで縛って、5つ連なって1セット。これがなかなか手間なんだすよ。

「キッチン岳」駐車場の入り口では、木彫りのオブジェがお出迎え
自然の恵みいっぱいの藤里町
藤里町は、自然がいっぱいのところが魅力ですよね。山菜採りに歩くんで、景色や音が心に残るというか。歩いていれば、山の恵みとか、いろいろ恩恵があります。
4月になってシドケやボンナが出てきたら、山さ走らねばねぇ。弱った足腰を鍛えます(笑)。5月くらいになればタケノコも採れる。シドケやボンナは店で出すな。タケノコも豚汁にして出すよ。
駒ヶ岳、開かねえから(※)何年も行ってねくて、ほとんどクマに食べられてると思う。でもって、今年もクマがそこさウロウロしてるんでねえかな。素波里ダムの方は毎年行ってるから大丈夫なんですけども。
※ここ数年、大雨などの災害による登山道の通行止めが相次いでいる。
今年こそは駒ヶ岳の方、行きたいな。5月ぐらいに雪が解けても、また崩れてればやらねえ(開通しない)んだよ。そうすると秋のキノコシーズンしか行けないから。まあ、これから除雪に行って初めてわかるんでねぇかな、どれくらい崩れてるか。

冬には店内を温めてくれる薪ストーブ
クマやサル、や制度応物との共存
去年はクマ多かったから、うちの栗林さも来てね。でも、クマは食べ方がきれいなんですよ。サルは食べ方が汚ねえ。虫ついてれば食わねんだよ。贅沢なんだ。
で、その散らかったやつを、今度カラスがつつく。カラスは(栗の皮を)剥けねえから。
順番に、クマ来て、サル来て、カラス来て。で、そのあとで人間行って、「これクマさ食わされねぇ」って急いで採って。せば、今度クマ来て怒るってね(笑)。
この辺りのクマは優しいよ。「コラ!」ってしゃべれば、いなくなる。……ていうのは嘘だけど(笑)、最近こっちの方では襲われないですよ。ただ、いっぱいいるってみんな警戒して、檻を置けばすぐ捕まる。
ブナの実なかったから、畑のものも食べにくる。クマだけでなくサルもね。
うちの米(田んぼ)のほうにも来る。あれはイノシシでねぇかと思うんだけど、稲倒してるんだよ。土のとこ歩けば、足がべちゃべちゃ汚れるべ。稲倒して踏んで、足が汚れねぇようにして、立ってるやつだけ食べる。踏んだやつは絶対食べない。(倒れた稲が)どんどん広がっていくから、早く稲刈らねば、うちのもち米やられてしまうって。
競争ではねえ、負ける。寝てる間にやられる。クマとサルとアナグマとタヌキとイノシシと。道路から見れば良く(被害がないように)見えて、反対側から見れば半端なくやられてる。
山歩いてれば、サルの集団がこう、目の前を横切っていく。えんどう豆とか食い物を探して歩いてるから。
我々人間が、向こうさ入っていってるんでね。クマのご馳走をいただいてな。先になって(山菜やタケノコを)採って、リュックさ突っ込んで行く。クマも驚くわな。人(クマ)の食い物盗って、って。クマがタケノコ食ったあとあるって、すぐわかるもんね。皮をきれいに剥くから、そばに山になってるんです。
みんな、山の動物のものをもらってきてるった感じがするな。
喜んでもらえたら嬉しいから、続けていきたい

春は山菜、秋はキノコなど藤里の山の恵みも味わえる
(以前、町内にあった)「トレビアン」も「かもや食堂」もなくなったし、誰か食堂やらねぇかなぁ、やらねぇかなぁって期待してあったけど、いつの間にやら自分さ期待してた。それで、やってしまった。
多分みんな、そう思ったと思うんですよ。誰か、誰か、って。
でも、「誰か」って思いながら、十何年も誰もやってねぇな。ここも、(前の店主が)辞めて3年ぐらい空いてたかな。
根本は、人に喜んでもらえたらという思いです。何年続くかわからないですけど、頑張ってみます。
(後編へ続く)
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聞き手&書き手:島田 真紀子(しまだ・まきこ)
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有限会社無明舎出版 勤務を経て、2012年からフリーライターとして雑誌・WEBなどの記事を執筆。
秋田県を中心に、観光・食・子育て・スポーツ・医療などについて発信しています。大館市在住。
知られざる藤里の旅は、“大切なものは何か”気付かせてくれるはずです。
このコラムは聞き書きの手法で藤里町ツーリズム協議会が制作しお届けしています。
藤里町ツーリズム協議会 電話0185-79-2115
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