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【特集】旅する藤里 「中川ツヨ」聞き書き甲子園参加作品 前編

人間の五感と山菜って調和してるの

名人:中川 ツヨ(なかがわ つよ)秋田県山本郡藤里町
高校生:柴山 一花(しばやま いちか)宮城県古川高等学校 二年
 

 
【前編】




1 自己紹介
 
 私の名前は、中川ツヨです。生年月日は昭和13年2月20日。87歳。今は息子と2人で暮らしてる。兄弟は弟が1人。
 学校を卒業して、隣の能代市にある呉服屋で3年くらい住み込みで働いた。商売の店だから作法は参考になったし、料理も、そこのおばあさんが海育ちの、八森出身だったから魚の料理は上手かった。自分から習いに行ったわけじゃないけど手順を教わって。今思うと、あと1年くらい長くいればもっと勉強になっていたなって思ってる。漬物もハタハタも美味かったし。
 この経験が後の清流荘(せいりゅうそう)に繋がってるのかなって今になって思う。


中川ツヨさん、柴山一花さん

 
2 学生時代
 
私は昭和19年に小学校に入学したの。そして20年に戦争負けたでしょ?そしたら、教科書が全部炭塗ってある教科書。あれだったね。先生が塗ったのか文部省が塗ってよこしたのかわからないけど綺麗に炭塗って1ページ綺麗に隠されてて読むとこなんかなんにもなかった。
 高校は行くつもりで勉強していたけど、二ツ井に高校なかったから行くなら能代市の高校。そうなると家を出なきゃならなかった。祖父が生きているうちは、「高校入れてやるから勉強しろよ」って言われていた。でも、中学2年か3年の時に祖父が亡くなったから進学はだめだって諦めて。行きたいとは一言も言わなかったけど行きたかったな。
 

3 料理を始めたきっかけ
 
 私が小さい頃からドサ回りの芝居とか映画とか役者たちが回って来てたの。娯楽がないもんだから。青森県とか、県南の方からとか津軽から来ると津軽民謡踊ったり。劇団が来て家に泊まってやるから自然と見てて慣れてきて手伝うようになった。誰かに教わったわけじゃないから全部見よう見まねで。
 小さい頃から料理の手伝いをするのは田舎の方では当たり前だった。父親が戦争に行ってたし、昭和34年には土砂災害で衣食住全部失った。みんな仕事へ出ていくから弟と2人で学校から帰ると夕飯の準備。薪切って夜炊く分だけ誰かに教わったわけじゃないけど、 自然とできるようになった。みんな仕事しなきゃだったから、百姓やりながらお金もらうために手伝いに行って仕事していた。


わらび、きゅうり、ミズたたき

わらびの醤油漬け(左)、きゅうりの漬物(上)、ミズたたき(右)
 

4 祖母が作ってくれた味の記憶
 
 祖母の作る豆腐は美味しかった。祖母は豆腐作りの名人で、型に豆乳を流す前ににがり入れるじゃない?そうすると固まってきて白いふわふわしたものができるの。それを目の荒いしゃもじで掬って汁椀に入れる。出来立ての熱い豆腐に醤油かけて「はいできたよ」って。カッテージチーズみたいになったのを汁椀に入れて食べた。あれはもう今でも食べたいなと思う。四角に固めた豆腐も豆の匂いがふわっと香って美味しかったけどやっぱり固める前のカッテージチーズみたいなのは美味しかったね。あと、3月になると餅ついてあられ作ってくれるの。赤とかピンクとか黄色に色つけたり、胡麻や梅漬けの紫蘇入れたりした餅を1センチ四方に切って炒って食べさせてくれるの。学校から帰ってくるとおやつにそばの粉で作ったきりたんぽみたいなものに胡麻味噌つけて焼いて食べさせてくれるの。それがおやつだった。 
 うちの祖母、食べるものはぱっぱっと作るの。私たちが寝ている間に米を研いでる音が聞こえてくると、「あ、またばばが何か作ってくれてるな」って思いながら起きていたね。
 

5 関東での出稼ぎ
 
 私が20歳の時、6月〜9月の4ヶ月間富士山に出稼ぎに行っていたの。他にも岐阜、埼玉の秩父、茨城、富山色々な場所に出稼ぎに行った。仕事してる人のご飯出す仕事。富山は黒部ダムを建設している時だったね。秋田で百姓やりながらだから1年中出稼ぎにいるわけじゃなくて、何ヶ月か出稼ぎに行って戻って来るっていう生活を10年間くらいしていた。色々な場所に出稼ぎ言ったけどやっぱり富士山の景色の美しさは忘れられない!山に登って見える景色はそんなに綺麗じゃないけど麓から見る景色は別格。
 富士山以外にも印象に残っていることがあって、白山の近くで出稼ぎしてたとき、仕事場の近くにアイコっていう山菜がいっぱい生えてたの。誰も採ってなかったみたいだから。だから友達と2人で縄持ってたくさん採ってきたら岐阜の人たちは「ダメだ、それ食べたら中毒起こすよ」って。私たちはびっくりして、え?って。「秋田の人はみんな食べるんだよ」って言ったの。そしたら、「明日の朝秋田の人みんな死んでしまうかもしれないから気をつけて」って(笑)。次の日、食べたか?って聞かれて食べたよ。「お味噌汁とか油炒めとか味噌漬けとかにして食べるんだよって教えたら、「こうやったら食べられるんだな。初めて知った」って。そしてアザミも。こっちではサンガルハっていう普通のアザミと違う肉にも合うアザミなの。それがいっぱい生えていて、誰も採ってなかったの。同じ山菜でも地域によって呼び名も違うし食べない地域だってある。アザミはこれから熊が食べ出すからね。



【取材日:2025年9月19日、11月7日】

【名人プロフィール】

中川ツヨさん

氏名:中川 ツヨ
ふりがな:なかがわ つよ
生年月日:  昭和13年2月20日  
年齢: 88歳
 
略歴:
地元でも作り手がいなくなった郷土料理を作ることができ、藤里町の料理名人として知られている。平成20年にグリーンツーリズムを盛り上げるため、地域の有志8名とくまげらの会を結成。平成22年から令和3年まで民宿「癒しの宿 清流荘」の料理担当として中心的に活躍。中川さんの料理は遠方から2週連続で食べに来る人がいる程清流荘時代はファンに愛された。






(後編へ続く)





*旅する藤里 まとめページへ
https://www.town.fujisato.akita.jp/kanko/notices/2496




 

 


知られざる藤里の旅は、“大切なものは何か”気付かせてくれるはずです。

このコラムは聞き書きの手法で藤里町ツーリズム協議会が制作しお届けしています。

藤里町ツーリズム協議会 電話0185-79-2115


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    登山にスキー、白神山地の散策など
    ほかでは味わえない大自然の遊びがいっぱい!

    楽しい自然体験・観光施設
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    藤里の澄んだ空と水は感動の美しさ。
    露天風呂や地元の料理を楽しめます。

    風情たっぷり町の御宿
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