研究し作り続けるいぶりがっこ
名人:淡路 アヤ(あわじ あや)秋田県山本郡藤里町
高校生:三浦 寛裕(みうら かんゆう)岩手県立盛岡第一高等学校2年
【前編】
1 自己紹介
名前は淡路アヤです。年齢は82歳。おばあちゃんだよ。誕生日は昭和18年の4月20日です。出身は秋田県の藤里町。藤里の大沢(おおさわ)川(がわ)にたくさん部落もあったの。その部落の一番終点の大川目(おおかわめ)ってしっとごの出身だ。そのまま今もずっと藤里で暮らしている。兄弟は7人で私は1番下だった。19歳の時、藤里の人と結婚した。私のつれは2年前に亡くなったけど。家族は今は子供が3人、孫が6人だな。中学卒業後は親が農業やってたからうちにいて、農業手伝ったな。今はいぶりがっことか作ってる。いぶりがっこ作りは直売所が平成13年にできたから、その2,3年前の60歳くらいのころからなんぼかやってたな。
2 牛乳・赤牛の牧畜
山仕事やってる旦那に嫁いで、自分は藤里で農業やって、乳牛を12、3年やったかな。乳絞るのね。そして乳牛をやめて今度は赤牛を飼った。繁殖牛な。繁殖牛は市場に持っていく。生まれた子牛を競(せ)りに出して。そのあたりの時期、家のあたりにみんな蓄舎を建てるブームであったもんだな。平成元年かそれくらいでその赤牛もやめたんだ。食べるためになんだかんだとやらねばダメだと思ってやったんだけど、やっぱり飼料とか高くなって、間に合わねくなってやめた。
3 山ブドウ栽培
平成元年から山ブドウの栽培を始めたの。私のとこで作ってた時はジュース作ってた。始めたばっかりのころは失敗してみたりなんだりして、次の年は別の品種植えてやってたの。ブドウは病気つくから難しい。葉っぱさみんな感染症つくから。一人でやることも慣れたな。やったってやっぱり剪定もしねばねえし、剪定して春先に全部誘引(ゆういん)してだべ。誘引って木の枝をテープで張った紐に引き寄せてくっつけることだ。雪が多いためにブドウがみんな下に付くでしょ、枝が押されて。そこを上げて紐まで誘引して、それが一番よいでない(大変)。何年もやるってえの。令和5年にうちの旦那が亡くなって、年もいったってことでやめました。今はその山ブドウを利用してワインも作っていて、藤里にあるアルビオンっていう化粧品会社で引き受けてやってもらってる。
4 多種多様な農産物
私が他に作っているものは野菜な。大根、キャベツ、ニンジン、ネギ、カブ、ちんげんさいとかビーツとか。白菜とジャガイモもやってる。開墾して畑作ってあったもんな。ポンプで下の川から水上げて。川のとこに小屋っこある。そこさポンプさつけて水を畑に上げたった。米もやったよ。大きな30キロの袋さ詰めて出荷したもんだ。今は近所のグループさ協力して収穫してる。種まきと田植えは機械で自分でやってた。収穫の時はグループで。集荷所さ集めて乾燥機でやって精米して、できたやつからトラックで出荷した。
何でもやりました。やった以上少しはうちさ(お金)入るようにせねば食べていけないでしょ?少しずつ野菜作ってこれ売ったら金になるかなって思ってそれから始めた。でも米は電気料上がるしそれが大変で。今は田んぼの方は息子がやってるから私は全然関係してない。うちの旦那が亡くなったから息子がきて農業をやり始めた。でも息子は畑の話になったっけ、なんも分かんないもん。

畑仕事をするアヤさん
5 研究し研究し製品化
いぶりがっこは山ブドウ始めたその前からやってあった。そのあとに山ブドウが平成元年から始まったからな。(いぶりがっこは、産直の始まる2~3年前という記載が前段にあり。事実確認修正必要)当時大沢(おおさわ)に今はもうやめたけど菓子屋ってあったもん。いぶりがっこあるって聞いて、そこさ行って買ってきて食べたもんだもんな。せばそれはおいしくて。最初はお客さんに出すってよりは自分で食うつもりで作ってた。商品化するきっかけは今から20年、30年近く昔、町で展示会やったもんな。自分で作ったものをいろいろ出して。その時、私いぶりがっこを袋さ詰めて出した。そこでこれ商品化すればいいんでねかってしゃべられて、それから始まった。いぶりがっこを商品化してみたらって言われた時は、いいもんだなって思って、でももの売るってば大変だろうなって思った。そう思いながら少しずつやって、練習してや、そして商品化なった気がする。直売所ができてからは、そこで販売してる。そこさ出すようになってからは余計たくさん作るようになった。
6 大根
いぶりがっこを作るためにはまず大根をつくらねばならねえ。畑に種をまいて、ある程度太くせねばできないべ。大根は計ってみれば1本1キロも2キロもあるんだよ、そういうのをいぶせば半分になる。それでそれをこんどはタルに漬け込むんだ。

アヤさんの畑の大根
7 いぶる
いぶるのには二日間くらいかかる。漬ける前にいぶる。何回もだもんな。一回に一気にやられねえべ。いぶる時は大根を棚に上げて、ドラム缶二つに切って半分にしたのの上さ草入れて、火つけていぶらかす。熱上がらねば大根が(いぶりを)吸わねえものな。だから結構(小屋の)熱あるよ。私も暑くて入っていかれねくなる。ぼーっとするほど暑いね。いぶった大根は70キロの樽が18ある。それよりなんぼか足りなくて60キロくらいの樽もある。いぶしたやつだけだよ。いぶれば生のやつの半分になる。とんでもねえ量だったよ。そしてまた漬ければまた汁出るすべ。また少ねくなるんだよ。だからいっぱい、いっぱい作る。

いぶる時に使うドラム

大根を上げる棚
【取材日:2025年9月14日、10月26日】
【名人プロフィール】

氏名:淡路 アヤ
ふりがな:あわじ あや
生年月日:昭和18年4月20日
年齢:82歳
職業:農家、いぶりがっこ生産者
略歴:昭和18年4月20日生まれ。秋田県藤里町で農家として、長年野菜を作りながらいぶりがっこを生産しているいぶりがっこの名人。今までには様々な農業に挑戦しており、今はもうやめてしまったが山ブドウや牛を育てたりもしていた。たまたま売っていたいぶりがっこを食べ、おいしさに気付き作り方を自分で研究し開発した。平成13年に藤里の産直ができてからは産直に出すために生産量を増やした。名人のいぶりがっこはパリパリとした食感が特徴で、県外からも名人のいぶりがっこを求めて買いに来る人がいるほどである。
(後編へ続く)
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知られざる藤里の旅は、“大切なものは何か”気付かせてくれるはずです。
このコラムは聞き書きの手法で藤里町ツーリズム協議会が制作しお届けしています。
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