【後編】
31歳で石川餅店を継いだ石川育子(いしかわ・いくこ)さんは、母の味を大切に守り続けてきました。子どもの頃から母を手伝っていた育子さんに、幼少期の思い出や店を継いだ当時のこと、今の気持ちを伺いました。

石川餅店の2代目・石川育子さん
母の味を大切に守り続けて
今、働いているのは妹と私を入れて5人です。皆さん10年から20年近くなりますね。忙しくない時は、妹と私とお父さん(夫)と3人で。忙しくなれば、皆さんに声かけて来てもらってという感じですかね。皆さんベテランなので、作業が速くて安心しておまかせしてます。本当にありがたいです。
昔ながらの味にこだわって母から受け継いだ味を壊さないように気を付けて、これをモットーにしています。保存料を使わずに、地元産の材料にこだわってて。
お米は、妹の家(嫁ぎ先)で収穫したものを使っています。小豆は、地元のおばあちゃんや、おじいちゃんが秋に収穫して、持ってきてくれるので、使わせてもらっています。小豆が足りないときは北海道産になるときもあるの。小豆を煮るのは妹の係だから、妹の陰の力がかなり大きいですよ。

あんこを煮る際にかき混ぜるヘラ。長年使うとすり減ってくる
うちのお餅、意外とね、小さい子どもたちにも人気があるみたいですよ。「他のお餅だば食べねばって、ここの餅だば好きで」て言って、買いに来てくれるおばあちゃん達もいたりして。そんなことを言われると嬉しくなってね、おまけしたくなったりしますよ。
子供は素直で敏感な舌をもっているから、自然の味が素直に感じてるのかなあと思ったりして。
うちの孫たちはね、上の子はあんこが大好きで、下の子はあんびんの生地だけ好きなの。
下の子なんか、作る前の生地の状態で、つかつかと来て、出来立ての生地をお箸にクルクル、水あめみたいに巻いて、ありがとうっていくのよ。
兄(あん)ちゃんの方は、あんこだけ。「あんこ1個いただき」とかって持っていくわけね。
生地とあんこが一緒になった餅は、二人とも食べなくて、好みが別々(笑)。
母は二ツ井町出身なんだけど、母方の兄弟みんな仲良くて。母が店を始めた頃、皆がすごい協力してくれて、二ツ井町の人たちからもたくさん注文を取ってくれてて。だんだん、口コミっていう感じで広がっていったみたいで。
だからね、「味、落とすなよ」ってよく言われるんだ。叔父には「あんびんの味を落とすなよ」ってよく言われたっけ。

母が作っていた頃は、しんこもちときりたんぽが主力商品だった
子どもの頃、お祭りの日は餅づくりの手伝い
昭和30年代ころ、私が小学校の頃、お祭りになると、母の妹たちが二ツ井から手伝いに来てくれるわけ。和菓子屋をやっている叔父さんも手伝いに来て、あんこをきれいに一個ずつまるめて並べていくの。それを大福に入れて作っていくんだけど、その手の早いこと。さすが菓子屋のじいさん!と印象的でしたね。
その頃のお祭りは、しんこ餅の注文が多かったの。しんこ餅はね、思いのほか手間がかかるのよ。しとねて、それを母が一握りずつちぎってくれて、私たちお手伝いの人が、両手でなでなでして、手のひらサイズの長さにして並べていくわけね。それを父の手作りの大きなこしき(せいろ)に縦に並べて蒸すわけ。40分くらいしっかり蒸したら、杵でついて、それからすぐ冷水で冷まして、また杵でついてを何回か繰り返して、ようやく柔らかなしんこ餅が出来上がるの。その最初の作業が私たちのお手伝いなの。それがたいしたいやだったなあ。(笑)
その頃はお祭りになると、お店もいっぱい出てて、にぎやかで私も友達と遊びに行きたいわけで。でも私は家で手伝ってなきゃいけなかったから。「遊びに行きてぇ」って言えば、切石の叔母に「ちゃんと手伝っておくもんだ」って怒られて(笑)。
昔はきりたんぽとお供え餅づくりがメイン
昔はね、各家で多かれ少なかれお米を作ってたから。そのお米を持ってきてもらって加工するのが、うちの仕事だったの。1升とか2升とか米持って来て、「これで、きりたんぽお願いします」とかって。
孫の大好きなあんびんの生地
年末にはお正月用の餅づくりで大忙しで、すべて持ち込みで、お米が山積みになるの。そこで気を付けなきゃいけないのが、誰のお米か間違えないようにすることなの。一件づつ手作りの名札の旗を立てて、お客さんに渡すまで絶対に間違わないようにね。同じもち米でも、それぞれ違うの。餅を作った時、弾力のある米、コシのでない米、うるち米が混じっているとボロボロになって大変なことが起きることもあるし、間違ったら責任問題だから。今も、餅ができるまで名前を書いた目印の旗をつけています。そうだよねえ、あの旗は母のアイディアだったなあ。思い出した。
うるち米ともち米の違いはね、うるち米は透明っぽくて、もち米は白いの。見ればわかりますよ。
もち米の品種はこの辺だと“きぬのはだ”と、“たつこひめ”の2種類。うるち米みたいに品種を知っている人はあまりいないかもね。
きりたんぽに何かつなぎに入れてるんでないか?って聞かれるけど、何もいれてません。あきたこまち100%のきりたんぽですって答えてるの。うちのたんぽが、もちもち食感で煮崩れしにくいのは、杵で美味しくなれってついてるからなのよ。(笑)杵のつき方はもちろんだけど、お米の水加減もかなり気を使って炊いているからでないかな。
ちなみにつきすぎれば柔らかくなりすぎて、焼きづらくなるの。丁度いいところは毎日違うの。天気、温度、米の水分量とかね。微妙な長年の勘ですよね。スタッフの皆さんもそれぞれ長年の勘を働かせて、がんばってくれてますから助かってます。
ちなみに私はね、「焼き方」の方がんばっています。仕上げがかなり大事なんですよ。(笑)

母のアイデアの間違い防止の手作り名前札
市日に出店したり、移動販売したり。楽しかった!
琴町で市日やってた頃から、約9年前まで市日に店を出してあったの。藤琴の市は、1のつく日、1日、11日、21日。あの頃は最高だったよね。お客さん達が肩ぶつかるような感じで、道路狭しと人がいであったから、にぎやだったな。魚屋さんも何軒も来てて、冬になるとタラなんかよく売るんですよ。1本のタラ。(それを買った)おじいさんが、縄つけて雪の上を引っ張って歩いてて、「えー!」って思って見てあったっけ。あの頃じいさん方が、よく買い物しに来たものね。どこの店も活気あってよく売れてた。その頃は、琴町の市日は、すごい盛上がりでにぎやかであった、うん。何しても売れたもんだから、まあ〜楽しかったよね。そういう時に(店を)引き継いだの。
あの頃、私、自動車の免許なかったんだ。今では考えられないことだけど、お父さん(夫)の車に乗って、能代の団地の方へあんびん持って移動販売に行ったりして。なんぜ現金収入がなきゃなんにも出来ないと思って。町内だと鳥谷場とか山根の方とか。その内に市日にでるようなってね。今日こっち、明日はあっちと結構楽しんでたね。でも、最初から楽しいわけじゃないの。一日目は不安でドキドキだし、「ごめんください」の声がでなかった記憶があるもの。二ツ井の市日だって自転車で行ってたのよ。毎月5と0のつく日ね。荷台にお餅のダシをつけて、大沢通って、荷上場の橋に出て、二ツ井の福祉会館のそばの市日のあるところまで行ってたの。お客さんが待っててくれたし、注文ももらえたしね。お客さんの色々な声が聞けるし、そんなやり取りが楽しかったしね。
売れれば一番嬉しいよ。美味しかったよって言われると、またまた嬉しくなってもっとがんばらなきゃと思ってました。

煮崩れしにくい、もちもち食感のきりたんぽ
お祭りのとき「1個足りない!」
お祭りとかで、あんびん作るすべ。20年くらい前までは、お祭りが盛んで、あんびんの注文も多かったな。
色んなハプニングもあったっけ。余ったから、手伝ってる人がたさ「余ったから、まずこれ食べていいよ」って試食させるでしょ。食べた瞬間、「あ! 1個足りなかった!」って。そういうのもあった(笑)。
いまだにみんなそれ覚えてて、試食のたびに「本当に食べてもいいんだか?」って念を押されて聞かれています(笑)。そういうこともあった。
院内岱(いんないだい)からの見晴らしが好き
藤里町はとってもいいところで、特に自然はいいんだけど。今はサルも多くなってきて、お父さん(夫)の畑にも出るし、クマも出るし。バスも通らなくなったしね、なんだか寂しくなってきたよね。
でもね、自然はいいよね。空気もいいし、水も美味しいし。山も大好きで、若い時は山菜採りにお父さんとよく歩いたんだけど、今はもう歩かない。クマが怖くてね。
数年前までは友達とも、よく院内岱の方にウォーキングに行ったりして。すごい気持ちいいのね。登る途中のカーブから見下ろす藤琴の景色が好きなの。今の時期(春)なんて、もっと奥まで行って駒ヶ岳見れば、すごい綺麗なんでねえか。
お店の前で育子さん
妹と2人でできる限り
私が継いでから40年か。母が引退宣言して私が継いだのが31歳頃、創業24年くらいの時でしょ。今71だから、私もそろそろかなと思うんだけど、まだまだ注文いただいているので、まあもう少し頑張らなくちゃと思ったりしてね。母のキクノは80歳まで頑張ったからなあ。どうかなあ。娘は、忙しいとき休みがあえば、お手伝いしに来てくれますけど。今は、私と妹と2人で、できる限りと思ってます。
もちろんお父さんも入ってますよ。(笑)協力してもらわないと困ります。
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聞き手&書き手:島田 真紀子(しまだ・まきこ)
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有限会社無明舎出版 勤務を経て、2012年からフリーライターとして雑誌・WEBなどの記事を執筆。
秋田県を中心に、観光・食・子育て・スポーツ・医療などについて発信しています。大館市在住。
知られざる藤里の旅は、“大切なものは何か”気付かせてくれるはずです。
このコラムは聞き書きの手法で藤里町ツーリズム協議会が制作しお届けしています。
藤里町ツーリズム協議会 電話0185-79-2115
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