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【特集】旅する藤里 「憩」前編

【前編】






 藤里町の中心部、藤琴地区にありながら、目の前に堰があるのどかな風景。季節をいち早く取り入れたつまみや、新鮮な魚介を使った寿司などを供する「憩」がこの地に店を構えてから22年が経ちました。

 店主の金野栄さんに、季節を先取りすること、寿司に対するこだわりなどを伺いました。










居心地のいいカウンターで、話もはずむ。




手に職をつけるため、25歳の時に飲食の道を選んだ


 日本一の高さの天然杉のある、二ツ井の仁鮒の出身。兄が大工なので訓練校に行って大工になるつもりだったので、鷹巣の農林高校に行きました。勉強はしたくないけれど野球はしたかったので、野球を2年半やらせてもらいました。

 4人兄弟で、自分が一番下。3歳上の兄がいて、おばこ(同じ藤琴地区内の寿司店)に嫁いだ10歳上姉がいて、あとは7つ上姉がいます。小学校5年生のとき、兄に誘われて野球を始めました。背が大きいから、ピッチャーしかできなかった。中学校に入ってから新聞配達することになって、野球ができなくなってしまったけれど、入学して数か月経って、やっぱりやりたくて。兄に相談して、好きなら新聞配達は辞めたらと言われて、野球に戻りました。

 それから、高校を卒業してからは、県信用組合に勤めました。高校の野球部のOBがそこにいたこともあり、野球をやりたくてそこに入ることにしました。途中、北海道のノンプロに行けるかもしれなという話もあった。でも、もう少し体が大きければよかったし、あと体力もないとダメ。4連投できるような感じでないと。軟式をやるようになって、軟式ではそれくらはできるようになったけれど。

 信用組合では集金業務をしていて、手に職をつけた方がいいよと母親が常々言っていたから、退社しておばこに世話になるように。飲食を選んだのは、姉がおばこにいるのがきっかけだったし、あとはてっとり早く仕事ができるかな、それしかできないかなと思ったから。それまで、経験はなかったけれど修行を積むことにしました。25歳の時でしたね。







憩の座敷で話をしてくれた店主の金野栄さん。野球の話になるといつもうれしそう。







野球を教えることに夢中になり、チームが強くなることが面白かった


 おばこに入って1年ちょっとしてから、西馬音内(秋田県南部)のお店に修行に出されました。ちょっと厳しい親方で、人が入ってきてもすぐに辞めてしまう。自分一人でやるのは大変で、そこは辛かったなあ。そんな時、藤里の中学校で野球を教えて欲しいと言われて、親方の許可をもらって帰って野球を教えたらそれが面白くなってしまって。結局、半年、冬の間だけしか西馬音内におらず、おばこに戻ってきました。

 中学校で野球を教えて、2年目に優勝できました。それは、60回大会で、優勝できれば全県少年野球に行けるとなって、指導するのがすごく楽しくなって。その翌年も優勝できて、2年連続で全県に行けたのは山本郡では初めてでしたね。

 野球を教えるのは楽しいです。教えていると自分でも勉強になって、新たな発見もあるし、再確認もできる。実力はなくても野次で奮い立たせるような、精神的に追い込むことが有効な場面もあって、その駆け引きが楽しかったなあ。だから、今でも口だけは達者で(笑)。技術ではない、精神面が大事なんだよ。投げる方は習ったので教えることができたけれど、打つ方は教わっていないので難しい。

 今でも野球を見に行くよ。仲間が野球をやっているので、県南まで応援に行くことも。夫婦2人だけで行っていたけれど、一緒に行く仲間も増えてきた。野球をきっかけにより仲良くなりました。







栄さんがこれまでに使ってきた包丁。最初に使ったものは研ぐのを繰り返していたら、小刀サイズに。





10年近く修行したから独立して、自分の店を持つことに


 20代の時は、楽しくて楽しくて仕事をするより野球の方が面白かったけれど、おばこの親方からもいい加減にしなさいと言われて、春から秋田市の寿司屋へ修行へ。8か月世話になりました。勤務時間が長くて、朝の11時に入って最後まで昼休憩もなく働きましたね。忙しい時はいいけれど、暇になった時は辛かったな。頭ごなしに言ってくる親方だったから、けんかしたこともありましたね。

 その頃には30歳になる前で、そろそろ結婚しないといけないなあと思っていた時に、野球を通じて顔見知りだった女性がいて。この人でもいいかなあと電話を入れて、それがきっかけで結婚することになりました。

 秋田市から鷹巣のお店に移って1年くらいいて、それから10年近くおばこに世話になりました。その頃は、町にもたくさん人がいましたね。工事の人とか、学校の先生とか。ただ段々と町から人がいなくなってきて、お店も以前よりは暇になってきたタイミングで、辞めることになりました。

 その時は途方に暮れてしまってね。職人を辞めて、また就職するのも難しい年齢だし。数か月経ったころに、知り合いがここの土地(現在憩がある場所)を紹介してくれて。ただ、200坪もある土地で広すぎて、そんなに必要ないなあ……と思って。うちの奥さんの親戚に話をしたら半分買ってくれることになり、なんとかお金の都合をつけて、この土地を買って建物を建てて、自分のお店を作ることにしました。それから22年経ったね。







憩の前にある堰。藤琴地区にあるのに、この堰を見るとのんびりとした気分に。







新鮮な素材を入手できるよう、電話をかけてから買い付けへ


 「憩」という店の名前は、二ツ井の名居酒屋「くつろぎ」からイメージして、居心地がいい場所になればという気持ちでつけました。義理の姉が新潟出身だったこともあって、以前から興味のあったコシヒカリを仕入れて使っています。ごはんそのものがおいしいと評判で。あきたこまちは冷めてしまうとちょっと味が落ちてしまうけれど、コシヒカリは冷めてもおいしい。コシヒカリは冷たいシャリに向いているから、寿司向きの米なんですよ。

 仕入れは、主に鷹巣で、土日は八森の「はちもり観光市」に行っています。いいトロが入ってくるから、毎週買いに行く。突き出しにも使うこともあるんだけれど、素材がいいと突き出しもやっぱりうまくなるね。ここでは中トロを仕入れて、赤身はまた別のところで買うの。

 あとは、鷹巣の弘前からきている魚屋で、見ていいものがあれば買ってきます。卵、タコ、イカ、サーモン、まぐろ、生えび、うに、いくら、たい、あわびあたりかな。弘前の市場に勤めているうちの奥さんのお兄さんからここを教えてもらって、もう22年の付き合いになるかな。どこに行くにも電話で連絡して準備をしてもらって、他の料理屋さんに取られないように早く行くようにしていますね。







ある日に頼んだ寿司のメニュー。ネタがどれも新鮮で、最高の締めに。





(後編へ続く)

*旅する藤里「憩」 後編
https://www.town.fujisato.akita.jp/kanko/notices/1971

















     ライター : 久保田真理(くぼた・まり)
  
   ライフスタイル誌の編集者、オーストラリアでの写真留学を経て、フリーランスとして独立。国内外の取材を通じて、多様な生活や文化の魅力を発信する。秋田市生まれ、茨城・千葉育ち。趣味は、日本酒、トレイルランニング、ソウルミュージックの世界に浸ること。

 


知られざる藤里の旅は、“大切なものは何か”気付かせてくれるはずです。

このコラムは聞き書きの手法で藤里町ツーリズム協議会が制作しお届けしています。

藤里町ツーリズム協議会 電話0185-79-2115


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    登山にスキー、白神山地の散策など
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    露天風呂や地元の料理を楽しめます。

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    大量にはない、手ざわり感ある品々。
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